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広島地方裁判所 昭和53年(行ウ)29号 判決

原告 広島市古江東町土地区画整理組合

右代表者理事長 上田元重

〈原告ほか六名〉

右原告七名訴訟代理人弁護士 内堀正治

右同 高洲昭孝

被告 広島市建築主事赤尾敏博

右訴訟代理人弁護士 宗政美三

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が訴外市川順一に対してなした昭和五三年三月二〇日付第三七九一号建築確認処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前)

主文同旨

(本案)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  (本件処分)

訴外市川順一(以下「訴外市川」という)は、広島市古江東町甲三二九番地の七所在土地(以下「本件敷地」という)に鉄骨鉄筋コンクリート造八階建の建物(以下「本件建物」という)を建築しようとして昭和五三年二月一七日被告に対しその旨の建築確認申請をなし、被告は同年三月二〇日右申請を認容して第三、七九一号建築確認処分(以下「本件確認処分」という)をした。

2  (違法事由)

しかしながら、本件確認処分は次の点において建築基準法六条一項に違反するから取消しを免れない。

(一) 本件敷地につき開発行為の許可を得ていない。

本件敷地はその面積二、一九三平方メートルあり、確認申請当時急傾斜地であり地目も山林であったから、本件建物を建築するためには本件敷地の区画形質を変更する必要があり、そのためには都市計画法二九条に基づく県知事の開発行為の許可(以下「開発許可」という)が必要である。ところが訴外市川は本件敷地東側部分(進入道路部分を含む本件建物の東側部分であり、その面積九一二・二平方メートル)につき広島県知事から宅地造成等規制法(以下「宅造法」という)八条一項に基づく宅地造成に関する工事の許可(以下「宅造許可」という)を受け、更に右工事完了前に県知事から右部分につき一部使用承認を得るという措置をとったのみで、全体として開発許可を受けることを回避した。しかし、まず社会通念上、一個の敷地を構成する土地についてはその全体につき開発行為の許可を要するのであって、その一部分である一、〇〇〇平方メートル未満の部分(一、〇〇〇平方メートル未満の土地は開発許可の対象とならない、都市計画法二九条一号同法施行令一九条)について宅造許可を受け、その余の敷地部分について何らの手続を履践することなく、建物を建築することは許されないものであるのみならず、右その余の敷地部分についても現に土地の区画形質の変更を必要とする状況にあったのであるから全体的に開発許可を必要とするものであった。また、宅地造成工事完了前の一部使用承認という制度は宅造法に規定がなく、従って、これはもともと許されないものである。被告は現地調査にも行っており、本件敷地に建物を建築するには開発許可が必要であることを知りながらこの許可がないのに本件確認処分をなした。

(二) 本件敷地西側部分につき宅造許可を受けていない。

本件敷地は、宅地造成工事規制区域内にあるところ、本件敷地西側部分は急傾斜地となっており、右部分を宅地とするためには土地の形質の変更を必要とするから宅造許可が必要である。ところが訴外市川は本件敷地東側部分について宅造許可を得たのみで、西側部分については得ていない。被告は右部分につき宅造工事が必要であることを認識しながら、右許可がないのに本件確認処分をなした。

(三) 建築基準法一九条四項に基づく規制を怠った。

本件敷地西側部分は崖崩れ等を起こす危険があるのであるから、本件確認処分にあたり被告としては建築基準法(以下「建基法」という)一九条四項に従い「擁壁の設置その他安全上適当な措置」を講じさせる義務があったが、被告はこれを怠った。

3  (審査請求)

原告らは本件確認処分に不服があるため昭和五三年九月二五日広島市建築審査会に対し審査請求をなしたが、同審査会は同年一一月二二日右請求を棄却した。

4  よって、原告らは本件確認処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1  当事者適格について

およそ抗告訴訟において行政処分によって自己の権利又は法律上の利益を害されたものは一般に原告適格を有し、従って原告たるものは必ずしも行政処分を受けた相手のみに限られないが、だからといって、適切な建築規制の運用によって保護されるべき付近住民の一般的な生活上の利益がただちに訴えの利益として肯定されることにはならない。それは当該建築確認における建基法違反にもとづいてどのような生活環境上の法益侵害のおそれがあるのかに関する具体的な主張によって決まるものであるところ、本件において原告らは、本件確認処分によって確認された本件敷地が法規に違反し、そのために一般的・抽象的に危険である旨を主張するのみで、具体的にどのような生活環境被害を受けるのかの主張をなすものではないのであるから、本件訴えは当事者適格を欠く不適法な訴えと言わねばならない。

2  訴えの利益について

(一) 本件建物は、昭和五四年七月一九日に完成し、同月二〇日検査済証の交付を受け、使用に供されている。

(二) ところで、建基法は適法な建築物を確保するために建築物の工事に先だって当該建築物の計画が建築関係法令の規定に適合しているかどうかを審査する「確認」(同法六条)の制度のほかに、完成後に右完成建築物が右規定に適合しているかどうかを審査する「検査」(同法七条)の制度を設けた。そして、右両制度は別個の制度であって、建築主は適法建築物を建築する義務を負うが、建築確認のとおり施行する義務はない。他方、検査は建築確認のとおり建築工事がなされたかどうかについてするものではなく、建築物の実体が建築関係法令に適合しているか否かについて行なうものである。よしや、建築確認を得ないで建物が完成したとしても、それは建築確認を得なかったという手続上の違反が残るだけで、工事が完了し建築主から工事完了届の提出があれば、建築確認とは別個に完了検査を行なうこととなる。そして、建築物の実態が法規に違反したものでない以上、建築確認を受けていないからといって検査済証の交付が拒否されるものではないのは勿論、除却等の是正措置(同法九条)の対象ともならない。

(三) 原告らは、本件建物の建築による敷地の崩壊等により生命、身体、財産に被害を受けると主張するが、これらの不利益は、本件建物が完成した以上本件建物の除却等の是正措置を通じて初めて回復し得るものであるところ、建築確認の有無と建物完成後に除却等の是正措置命令を出すこととは関連がないから、結局、本件建物が完成してしまった以上、付近住民には本件建築確認処分の取消しによって回復すべき法律上の利益がなく、したがって原告らには本件確認処分の取消しを求める訴えの利益はない。

三  請求の原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実中、被告が現地調査に赴いたことは認め、本件敷地の現況が急傾斜地であること及び面積が二一九三平方メートルであることは否認し、その地目が山林であることは知らない。その主張は争う。

3  同2(二)、(三)の主張は争う。

4  同3の事実は認める。

四  被告の本案の主張

1  建築主事がする建築物の建築計画についての確認は、建基法六条一項の規定に明記されているとおり、建築しようとする建築物の計画が、その建築物に適用される「建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定」に適合するかどうかについてするものである。そして右の確認対象法令には、法及びこれに基づく政令、省令又は条例のみならず、その他の法令でも建築物の敷地、構造及び建築設備に関するものであれば含まれるが、法の目的及び確認の性格から、その範囲にはおのずと限りがあることは当然である。

そして、土地の区画形質の変更を行い、又は宅地造成に関する工事等を行う場合は、それぞれの工事の内容により都市計画法又は宅造法の規定により県知事の許可を受けることとされているものであり、かかる行為に対する審査は、右にいう建築主事の確認審査の対象外である。

2  ところで、本件について広島県知事は、本件敷地の一部については擁壁を設置するため宅造法の適用があるとし、現に同法による許可を受けさせている。そしてその他の部分については開発行為にも該当せず、許可を受ける必要を認めないと判断しているものである。従って、よしんば原告らが右県知事の判断に対し異議を有するのであれば県知事に対してそれを申し立てるべきであり、建築主事としては、その内容につき建基法施行規則一条五項で確認申請書に添えることを命じられ、確認申請者の責任において建築主事に対し提出される開発・建築の許可の規定等に適合していることを証する書面その他の添付図書から知るのみであり、かつそれで十分であって、さらにそれ以上に立ち入ってその内容を判断することは建築主事の権限外のことである(擁壁の設置については、宅造法八条一項の規定による許可を受ける場合は建基法八八条五項によって確認審査の対象外とすると明定されている。)。

3  更に、本件のような建築物はその敷地の擁壁等により支えられることは許されず、建築物自体で、その自重、積載荷重、積雪、風圧等に対し、それに耐え得るものでなければならない。本件においても、確認申請書中の構造計算書及び構造詳細図並びに添付された地質調査資料により審査した結果、本件敷地の擁壁に建築物の荷重等の影響が及ばない構造となっていることはもちろん、基礎杭は岩盤にまで達するように設計されており十分に安全であると判断したものである。

4  よって、本件建物について被告のなした建築確認処分は、なんら違法なものではなく、原告らの請求は失当である。

五  被告の本案前の主張に対する原告らの認否及び反論

1  当事者適格について

(一) 被告の本案前の主張1は争う。

(二) 原告らは本件敷地の近隣に土地建物を所有し、あるいは居住するものであるが、本件確認処分は前記のとおり本件敷地の安全性を看過した違法なものであるから、本件建物の倒壊ないし本件敷地の崩壊、土砂崩れ等を起こす危険があり、この場合原告らの生命、身体、財産が損害を受けることは明らかであり、したがって本件確認処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する。

2  訴えの利益について

(一) 被告の本案前の主張2(一)の事実は認め、同2(二)の主張は争う。

(二) 建築確認処分の執行停止や建築工事続行禁止の仮処分は認められ難いうえ、本案訴訟は建築審査会の審査を前置しなければならないため相当の日数を要して本案訴訟係属中に建築物が完成することが多いから、被告の右主張に従えば付近住民の救済ははかられないこととなり、あまりにも現状を無視した形式論であって不当である。むしろ、建築確認処分の違法性が取消判決によって確定すれば、特定行政庁は是正措置命令の発動を義務づけられると解されるから、建築物完成後においても確認処分の取消しを求める訴えの利益はあるというべきである。

六  被告の本案の主張に対する原告らの認否及び反論

1  被告の本案の主張1は認め、同2は否認する。

2  本件敷地西側部分については許可申請はなされておらず、県知事が本件敷地東側部分について宅造許可をしたことをもって、本件敷地西側部分につき宅造許可の要否を判断したと認めるべきではない。したがって、被告としては拘束されるべき県知事の判断がない以上、本件敷地の現認等により西側部分につき宅造許可の必要性を認めたならば宅造許可を受けるように指導すべきである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  本件訴えの適否について判断する。

本件確認処分にかかる建築物が昭和五四年七月一九日完成し、同月二〇日右検査済証の交付もなされている事実は当事者間に争いのないところ、被告は確認処分にかかる建築物が既に完成した後においては、もはや近隣住民たる原告らにおいて右確認処分の取消しを求める訴えの利益がない旨主張するので、まずこの点について判断する。

1  建基法によれば、建築主は一定の建築物を建築しようとする場合には、当該工事に着手する前に建築主事に建築物の計画の確認の申請書を提出してその確認を受けなければならず(同法六条一項)、建築主事が右確認をするにあたっては申請にかかる建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下関係法令という)に適合するかどうかを審査することとされ(同条三項)、確認を受けないで建築物の建築等の工事をすることはできないとされる(同条五項)。

ところで、建基法がかかる「確認」を受けることを要求する趣旨は、建築物の計画が関係法令に適合しているか否かを事前に審査することによって、違反建築物の出現を未然に防止し同法の実効性を手続的に確保しようとしたものと解されるが、同法は更に建築工事完了後に完了検査(同法七条二項)及び検査済証の交付(同条三項)を受けることを要求し、完成後に再度その関係法令適合性について検査することとして同法の実効性を独立した二重の手続によって確保することとしている。また、これらとは別に違法建築物を排除するための手段として特定行政庁による是正措置命令(同法九条一項)も存する。

2  そこで右関係条文等に照らし右確認処分の性質等について考えてみるに、確認処分は完了検査及び是正措置命令と同様建築物の最低基準に関する実体規定の実効性を確保するためのものであるが、申請にかかる建築物の計画が関係法令に適合する旨の判断を示すものであると同時に申請にかかる建築物について適法に建築工事をなし得るという効果を伴なうものであるにすぎない。したがって確認処分がなされたからといって当該確認処分に基づき建築された建築物が実体的に関係法令に適合することまで確定するものではない。

すなわち、仮に確認処分にかかる計画に従って建築された建築物であっても、その実体が関係法令に違反している場合には建築主事は検査済証を交付することはできないし、特定行政庁はその違反状態を排除するため是正措置命令を発することができるものと解される。そして一方、確認処分を得ていない建築物であっても、既に完成した建築物の実体が関係法令に適合しているときは、建築主事は検査済証を交付せざるを得ないし、また、単に確認がないという形式的手続的違反を理由として実体的にはなんら違法でない建築物を排除できるとまで解することはできない。

3  そこで、さらに、これらからして建築確認処分の取消しを求める訴えの利益について考えてみるに、右訴えは、確認処分の効果である適法に建築工事をなしうるという状態を排除し、工事の施行ないし建築物の完成を阻止しようとするためのものであって、これが可能な状態にあり、これによって回復されるべき法律上の利益が存する限りにおいて実益があるということができるが、確認処分にかかる建築物が既に完成した場合には、仮に判決によって右確認処分が取消されたとしても、もはや阻止すべき建築工事は存在しないのであるから、その後は、右完了検査・検査済証の交付、是正措置命令等の関係で右確認処分の当否とは別に違反建築物かどうかがさらに問題とされることとなるにすぎず、右確認処分の取消はその実益を失うこととなる。つまり、建築物完成後判決によって確認処分が取消されたとしても、それは建築主が建築確認なしに建築物を完成させたという状態を生ぜしめるにすぎず、前示のとおり完成した建築物が無確認というだけでは是正措置命令も発しえない一方、右建築物が実体的に関係法令に違反する建築物であるならば判決の結果にかかわりなく是正措置命令を発し得るのであるから、結局本件のごとく、建築物がすでに完成し、なかんずく右検査済証も交付された後においては、原告らが本訴請求にかかる確認処分の取消しによって回復すべき法律上の利益はないものといわざるを得ない。

4  なお、原告らは、建築確認処分の違法性が判決によって確定すれば、特定行政庁は是正措置命令を発することが義務づけられると解されるから、建築物完成後においても確認処分の取消しを求める訴えの利益がある旨主張するが、建築確認処分の違法性が判決によって確定されても、そのことによりその確認処分に基づき建築された建物が当然に違反建築物として特定行政庁の是正措置命令の対象となるものではないことはすでに前叙のとおりであるうえ、仮に違反建築物であったとしても、その是正措置命令を発すべきかどうかは、建基法九条一項の規定に照らすと、特定行政庁の合理的判断に基づく自由裁量に委ねられていると解されるから、いずれにしても、右判決によって当然に特定行政庁の右是正措置命令が義務づけられることになるものとは解せられない。そしてまた、判決で確認処分が違法であることが明らかにされれば、是正措置命令の発動を期待し得るという関係が生ずるとしても、それは単に事実上の問題であって右の期待をもって確認処分の取消しにより回復すべき法律上の利益があるものということもできない。

二  そうすると、結局、原告らは本件確認処分の取消しを求める訴えの利益はないものというべく、本件訴えはその余の点について判断するまでもなく不適法なものといえるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺伸平 裁判官 三浦宏一 裁判官永松健幹は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 渡辺伸平)

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